3年4組 製作







 石崎さんが中学三年生に上がると同時に柏四中が開校するため、四中学区に住む生徒会長(石上君)が退任するにいたりました。そのための補欠選挙で石崎さんが生徒会長に選出されたそうです。生徒会長の活動で、特に頑張った事は、生徒総会や、体育祭、文化祭だと言っておられました。どの行事も、生徒会中心だったため、その行事を盛り上げようと頑張っていたそうです。
一番の思い出は、体育祭だそうです。石崎さんは入場時、みんなの先頭をきって歩いたそうです。とてもまとまりがあり、盛り上がったと言っておられました。当時の特別な行事では、授業のあとに五分間走があり、全員参加で毎日走っていたそうです。 

 又、その当時『まぼろし○○さん』と言う人がいたそうです。彼は、下校時になると毎日のように現れ、自分で書いた詩を配ったり、面白い話をしたりして、とても二中生に人気があったそうです。 

当時の二中は、まだプールがなく、木造校舎だったそうです。体育館では、バスケ・卓球・体操・剣道・柔道・バドミントンなどの多くの部活が一緒に練習していたそうです。石崎さんの所属していたバスケ部は、男女共に強く、数多くの大会で優勝したそうです。




 私達の生徒会は旧木造校舎の生徒会室を大いに使った最後の生徒会だったような気がします。当時は木造校舎も順次解体され、それに伴い学校の機能がプレハブの仮校舎へと引越し、それと同時に鉄筋校舎の新築も行われていたため、私達の生徒会は行事のたびに、プレハブの職員室と最後まで残された旧校舎の生徒会室、また自分達それぞれのクラスのある古い鉄筋校舎の間を右往左往することが多かったように覚えています。そのため、文化祭の展示や催し場所の割り当てや、来賓用に作成した校内図なども、前年度までのようにはいかず、唯一残された旧木造校舎で夜遅くまで大変苦労して作ったように覚えています。そして なんといっても思い出深いのが、私達の卒業式も終えた後の終業式で、やっと出来上がった新校舎の「完成除幕式」が行われ、私達生徒会最後の役目として、一度も使ったことのない、そして一度も使うこともない新校舎の除幕を行ったことでした。





 当時の2中はまだ水筒の持ち込みが禁止されていて、それを変えたのが須賀さんの代の生徒会でした。又、登下校時のバック自由というのも、須賀さんの代の生徒会が変えたものだそうです。

 文化祭は2日間行っていて、1日目は2中の体育館、2日目は柏の文化会館で行っていたそうです。

 須賀さんは2中初の女の生徒会長だそうです。2中初の女の生徒会長になるということを聞いて、ますますやる気になったそうです。「生徒会をやっていなかったら、今の自分はなかったと思えるぐらい貴重で大事な経験になった」とおっしゃっていました。

~今後、生徒会長になる人へのアドバイス~

 みんなから出された意見をまとめるのが生徒会の役目です。変えたいと思ったことは、プラスの面とマイナスの面を考えて、理由を明確にして、人に伝え納得してもらう事が大切だと思います。




 私が生徒会長になった頃は、二中の雰囲気はとてもよいとは言えませんでした。「昔の二中は良かった」という声をよく聞き、私は昔とは違っても今なりのよき伝統をまた復活させられたらいいなぁと思いました。

 だからこそ私たち生徒会は"変わる二中、変える二中"というスローガンをモットーに行事に力を入れたり、一花運動などといった様々な活動をしてきました。その結果みんなにも熱意が伝わり、二中生全員の協力のおかげで柏二中は変わってきたと思います。みんなの母校となる二中に誇りを持って卒業できました。



編集後記
三年四組では歴代の生徒会長について調べました。連絡が取れなかったり、受験勉強の合間にやらなければならなく、色々大変でしたが、調べながら二中の歴史に触れることが出来てよかったです。